2026-10-13
「埼玉の実家は古くて誰も住む予定がない。相続放棄してしまえば、固定資産税も管理も全部なくなるんですよね?」
「兄弟みんなで放棄すれば、あの家は国か市が引き取ってくれると聞いた。それで終わりにしたい」
親が亡くなり、遠方に住む子どもが空き家になった実家を前にして、「相続放棄」という選択肢を調べる方は少なくありません。相続放棄の申述件数は近年増え続けており、背景の一つに空き家など「持っていても負担になる不動産」の存在が指摘されています。
ただ、相続放棄は「実家だけを手放す手続き」ではなく、「放棄すれば何の責任もなくなる」とも言い切れません。2023年4月の民法改正で放棄後の管理(保存)義務のルールは明確になりましたが、その内容が誤って伝わっていることもあります。この記事では、相続放棄と空き家をめぐるよくある誤解を整理し、放棄を決める前に比べておきたい選択肢を解説します。
相続放棄は、亡くなった方(被相続人)の財産も借金も一切引き継がないための手続きです。被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申述し、受理されると、その人ははじめから相続人ではなかったものとして扱われます。親が埼玉県内に住んでいた場合は、さいたま家庭裁判所(本庁または支部)が申述先になります。
期限は、原則として「自分のために相続が始まったことを知った時から3か月以内」です(民法915条)。財産の調査に時間がかかる場合は、期限内に家庭裁判所へ申し立てることで、この期間を延ばしてもらえることがあります。
注意したいのは、放棄の効果が「家だけ」にとどまらない点です。相続放棄をすると、実家の土地建物だけでなく、預貯金や株式、自動車など、プラスの財産もすべて受け取れなくなります。「預金は相続して、実家だけ放棄する」という選び方はできません。
相続放棄をすると、相続権は次の順位の人に移ります。子ども全員が放棄すれば親(被相続人の父母)へ、父母がすでに亡くなっていれば兄弟姉妹へ、という順番です。自分が放棄したことで、叔父・叔母やいとこに相続の話が回ることもあるため、放棄する場合は親族への連絡もあわせて考えておく必要があります。
2023年4月の改正前、民法940条は「放棄をした者は、次に相続人となる者が管理を始めるまで、財産の管理を継続しなければならない」という書き方でした。このため、実家から遠く離れて暮らし、一度も管理に関わっていない放棄者まで管理義務を負うのかが、条文上はっきりしないという問題がありました。
改正後の940条1項では、放棄者が義務を負うのは、放棄の時にその財産を「現に占有している」ときに限られることが明記されました。義務の中身は、次の相続人や相続財産清算人に引き渡すまで、「自己の財産におけるのと同一の注意」をもって保存することです。
この改正により、たとえば東京に住んでいて実家にはほとんど行っていなかった子どもは、一般に「現に占有している」には当たらないと解されています。一方で、次のようなケースでは占有していると判断される可能性があります。
占有していると判断されれば、放棄した後も、次の管理者に引き渡すまでは家を保存する義務が続きます。また、ブロック塀の倒壊や瓦の落下などで第三者に損害が出た場合、建物を占有する人の責任(民法717条の工作物責任)が問題になる可能性もあります。「放棄したから何も関係ない」と考えるのではなく、自分が放棄の時点でその家とどう関わっているかを確認しておくことが大切です。
「どうせ放棄するなら、その前に家財を処分して、売れるものは売っておこう」と考える方もいます。しかし、相続人が相続財産を「処分」すると、単純承認(すべてを相続することを認めた)とみなされ、相続放棄ができなくなるおそれがあります(民法921条1号)。
実家を売却する、取り壊す、価値のある家財を売ったり捨てたりする、といった行為は「処分」にあたる可能性があります。反対に、雨漏りの応急修理や施錠、草刈りなど、財産の現状を維持するための「保存行為」は除かれるとされています。ただし、どこまでが保存行為かは個別の判断になり、実務でも迷う場面は少なくありません。
放棄を検討している間は、次のことに気をつけてください。
逆にいえば、「実家を売って現金にしたい」と考えた時点で、その方は相続する(承認する)側に立つことになります。放棄と売却は、同時には選べない選択肢です。
子ども、親、兄弟姉妹と、相続人になり得る全員が放棄すると、その財産を引き継ぐ人がいなくなります。この場合でも、家が自動的に国や市町村のものになるわけではありません。
相続人がいない財産は、利害関係人などの申立てにより家庭裁判所が「相続財産清算人」を選び、清算人が財産を管理・換価し、債権者への支払いなどを済ませたうえで、最終的に残った財産が国庫に帰属する、という流れになります。手続きの中では6か月以上の公告期間が設けられ、全体では1年以上かかることもあります。
申立てには、清算人の報酬や経費に充てる予納金が必要になる場合があります。金額は事案ごとに家庭裁判所が決めますが、数十万円から100万円程度と紹介されることが多く、相続財産に預貯金がない空き家だけのケースでは負担が重くなりがちです。「現に占有」していた放棄者が、自分の保存義務を終わらせるために清算人の選任を申し立てる、という場面も考えられます。
2023年4月に始まった「相続土地国庫帰属制度」は、相続した土地を一定の条件のもとで国に引き取ってもらう制度ですが、利用できるのは土地を相続した人です。相続放棄をした人は使えません。また、建物がある土地はそのままでは申請できず、審査手数料や負担金も必要です。「国に返す」方法を検討するなら、放棄ではなく、いったん相続することが前提になります。
親に大きな借金があるなら、相続放棄は有力な選択肢です。一方、放棄を考える理由が「古い実家を持て余したくない」「管理の手間を負いたくない」だけであれば、相続したうえで早めに売却するという方法と比べてみる価値があります。
放棄すれば預貯金なども受け取れなくなりますし、次順位の親族に相続が移ることもあります。相続して売却すれば、売却代金を相続人で分けることができ、固定資産税や管理の負担も売却の時点で終わります。問題は、「古くて売れないのでは」「売れるまで何年も持ち続けるのでは」という不安です。
放棄するかどうかは、3か月という限られた時間で決めなければなりません。「相続した場合、実家はいくらで、いつまでに手放せるのか」が先に分かっていれば、放棄と相続のどちらが自分たちにとって負担が少ないかを、数字で比べることができます。査定を取ること自体は財産の処分にはあたらないため、放棄を検討している段階でも金額を確認しておくことをおすすめします。
相続放棄を検討するときは、次の順番で情報をそろえると判断しやすくなります。
「借金はないが、実家の管理だけが負担」というケースでは、相続人の一人が実家を相続して売却し、代金を分ける形で合意することもよくあります。放棄は家庭裁判所に受理されると原則として撤回できないため、急いで決める前に、売却という選択肢の数字を一度確認してください。
| よくある誤解 | 実際のルール | 気をつけたい点 |
|---|---|---|
| 実家だけ放棄できる | 放棄は預貯金などを含む財産全体が対象 | 次順位の親族に相続が移る |
| 放棄すれば管理責任はゼロ | 放棄時に「現に占有」していれば保存義務が残る | 同居・鍵の管理・荷物の有無で判断が分かれ得る |
| 放棄前に売却・片付けしておけばいい | 財産の処分は単純承認とみなされ得る | 査定を取るだけなら処分にはあたらない |
| 全員放棄すれば国が引き取る | 相続財産清算人の手続きを経て国庫へ | 予納金が必要になる場合があり、1年以上かかることも |
| 国庫帰属制度を使えば放棄と同じ | 利用できるのは土地を相続した人のみ | 建物付きは不可。負担金・手数料も必要 |
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※本記事は2026年10月時点の民法(令和3年法律第24号による改正後)および裁判所・法務省等の公表資料に基づいて作成しています。「現に占有」に当たるかどうか、保存行為と処分の区別、予納金の額、相続土地国庫帰属制度の利用可否は個別の事情によって異なります。具体的なご判断は、司法書士・弁護士・税理士、または管轄の家庭裁判所・法務局にご確認ください。